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写真評論 フィルム写真の現在ほか
あい写真学校の日録-2-
2004.10.14〜2004.11.29

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ワークショップ風景 2008.11.2

2004.10.14
フィルム写真の現在-01-

写真フィルムは工業生産品です。
セルロイド板の平面にゼラチンで固めた銀粒子を塗ったものです。
この平面に光があたると銀粒子が化学変化をおこす。
この光が当たった板をアルカリ液で洗うと、光の当ったところが変化します。
光の当り方が少ないと洗い落とされてしまいます。
こうしてフィルム写真のネガが出来上がります。

セルロイド板の変わりにガラスを使うこともできます。
そうするとガラスネガですね。
ガラスの変わりに紙を使うと紙ネガです。

工業製品として大量生産に入って需要を伸ばしてきたフィルム写真。
35ミリフィルムの原形は映画用のフィルムです。
20世紀に入ると映画産業が興ってきます。
そこに使われたフィルムのサイズがそのまま小型カメラに使われました。
フィルム写真は35ミリサイズが主流になります。

そのうちカラー化が起こってきます。
写真用にネガカラーが開発されます。
オレンジのフィルムベースに画像を定着させるネガカラーフィルム。
カラー時代は、いずれも現像装置ごとの開発でした。
大量生産、大量消費のサイクルを創出してきます。

大掛かりな現像装置から簡易現像装置へと替わってきて、
街のミニラボですね、簡易現像装置が置かれています。
ミニラボ競争時代の1980年以後ですね、ゼロ円プリント。
限りなく簡易廉価になってきたフィルム写真でした。

使い捨てカメラ。
簡易カメラ装置にフィルムが装填されていて現場で写すだけです。
ピント合わせも露出決定も不要です、だれでもそこそこ出来上がる。

ところが世の中はデジタル化の時代になってきました。
カメラもデジタル処理カメラが主流になってきています。
もう写真っていえばデジタル処理写真をさすような時代です。

このような現在点において、フィルム写真を捉えてみようとの試みです。
連載形式で見ていきたいと思います。


2004.10.18
フィルム写真の現在-02-

フィルムによる写真制作の方法が、デジタル写真にとって代わられる。
ここでは、この際に、フィルムを使う写真が、
どのようになっていくのか、がテーマです。

当然、フィルムを使う写真というのは衰退します。
これはテクノロジーの歴史をみれば明らかなことです。

フィルム映画に代わるビデオ映像があります。
現在はまだ、映画館の装置の関係もあって、
デジタルで制作された映像をフィルムに焼き付けます。

写真では、フィルムで撮っても印画紙にプリントアウトします。
つまりもう、現像液処理をしないプリントが主流になりつつあります。
これは、もう、デジタルカメラによるデジタル処理への過渡的処理です。

こういう近未来のフィルム写真は、
もうある種、工芸品、伝統工芸の世界入りですね。
冗談じゃなくて、そのような概念の仲間入りです。

でもフィルム写真が無くなるわけではありませんよね。
伝統手法による写真制作方法ということですね。

フィルム写真が、その原材料に銀を使う、
これは環境汚染を起こします。
ですから、もう開発されてるんですが、
環境汚染を引き起こさない処理になります。

それから耐久性です。
フィルム写真は銀塩写真ともいいますが、
マニュファクチャー・手作りですから、
技法さえあればハード環境は自前制作できます。
それから千年以上の保存可能性を追求します。

発明以来165年の歴史を持つフィルム写真は、
デジタル写真への転換により古典技法の仲間入りですね。

断続的連載予定のこの論は、伝統工芸的、古典技法の仲間入り、
ということを念頭において進めていきたいと考えています。


2004.10.20
フィルム写真の現在-03-

ここでは、フィルム写真と一括して論じておりますが、
その材料についての知識を少し書いておきます。

フィルムとはセルロイド材料を使います。
このセルロイド材料を使わないフィルムに代わる材料もあるんです。
セルロイドは支持体、つまり銀粒子を塗っておく物質です。
それから銀粒子を塗る、って書きましたけれど、銀だけでは塗れないです。
銀粒子をゼラチンと混ぜます。
このフィルム、厳密にはモノクロームフィルム(白黒フィルム)のことです。

このフィルムと同様に印画紙ですね。
写真の画像をのせる、というか定着させる紙です。
モノクロ写真(ブラック&ホワイト)の場合は、フィルムと同様です。
ゼラチンに銀粒子に混ぜて紙に塗ります。
このような材料ですので、呼び名は、ゼラチンシルバープリントです。

写真の展覧会なんぞにいきますと、そのように表示してあります。
この材料を使ったのが多いですが、
発明の最初からあったのではないんです。
初期のころは、銀でなくてアスファルトの材料、
それとか鶏卵とかありますね。
セルロイドの代わりには、紙とか、銅版とか、ガラス版を使いましたね。
乾板、湿板、そんなこんなが、いろいろありました。

ここでいわんとしていることは、
工業製品である銀粒子フィルム&印画紙ではなくて、
マニュファクチャー、手作りフィルム&印画紙、そのことなんです。
その、手作りフィルム&印画紙、この方向への回帰ですね。

このように見てきますと、次は手作り」カメラ。
高級一眼レフのフィルムカメラから、手作りへの回帰です。
最近、美術館や写真学校のワークショップで、
ピンホール・カメラで写真をつくる講習会がまま開催されてきています。
こういう風潮ですね、手作りカメラに手作りフィルム&印画紙を使う写真。

1826年にニエプスという人が、光を直接定着させて以来、178年。
2004年の現在位置は、この178年の間に試みられた写真制作の技法・方法が、
過去、近過去という時間軸ではなくて、等価になったことです。
作家がどのような技法を使うかというのは、もう自由です。

いよいよ、そういう時代に入ってきたな〜!っていうのがコメントです。

nakagawa shigeo


2004.10.22
写真が面白い!
いま写真がおもしろい!!

デジタルカメラで気の向くままに撮って見てまた撮って見て、
そこに友だちや大切な人がいればもっとおもしろい気持ちになるよね。
写真ってコミュニケーションのツールなんです。
でも、どうしたら上手になるのかわからないと悩み始めたひとへ贈ります。

写真はあなたの心です。心を表現するには表現する技術が必要です。

ところで「心」とはいったいなに?どんなものなのでしょうか。
いま、写真の心をめぐって、熱い議論が交わされつつあります。
あい写真学校では時代の本質を見つめ体感するためのカリキュラムを中心にした、
感じられる写真の創り方を勉強します。

写真がなぜ面白く感じられるのかというのは、直接人間の、
つまりあなたの心の奥深くに眠っている神秘さとか、
感動を起こす感覚とかが目覚めてくるからだといいます。
写真というのは撮影技術をマスターしたからってわかるものではないです。
ますますわからなくなってくるのが、誰もが体験することではないですか?
なぜ、そうなるのかといえば、写真を撮ることで何かを表現することなんですが、
それが自分の生きてるってことに直結していて、生きているっていう快感なんです。
でもその意味を見きわめることって、実はなかなか大変なことです。

これまで偉大な芸術家って呼ばれている人たちが創造力をかきたてられた源泉は、
苦悩の奥深くにある快感を求めてきたのです。
それがひとを感動させるのです。

写真を始めたあなたはね。
つまりすでにその入り口に立っているってことなんです。
祈るということではなくて、あなた自らがいのちの恵みを受けに前へ進み出る、
というのが写真の行為そのものなのです。
写真が面白いと感じられるのは、
前へ進み出ることにつながっているからです。

でも、やればやるほど何を撮ったらいいのか、
どうしたらいいのかわからなくなるのも事実なのです。
ですから、その解決の糸口をほかのところから導いてこなければいけない。
自分に対して他者の存在があって、そこに境界があって、
この境界を越えていくコミュニケーションの方向、
自分の心を開いていくということなのですね。
そのための学習をすることが必要なのです。

写真を撮って人に見せたい、見てもらいたい、っていう欲求は、
このコミュニケーションを求めていることなのです。
ですから、あなたが撮った写真を支えているルールというか意味というか、
そういうものを自分で考えていかないと相手は感じてくれない。

写真を勉強するってことは、そういう感じをあふれさせるということなのですが、
どうもこれまでの写真学校では技術的なことは教えてもらえるけれども、
喜ぶ快感はあまり教えてくれなかった。
むしろ写真を創っていくことは苦しいことなんだ、と教えてきたのです。

時代環境が変わってきて、新しい生き方っていうのは
、この快感を快感として認めてあげることで、これを求めていくことです。
新しい写真の勉強というのは、そんな新しい時代の向こうにいくための、
心・気持ちをつむぎだしていくことです。
あい写真学校では、そういう新しいタイプの写真家を育てたいと思っているんです。


2004.11.02
デジタル写真時代です

あい写真学校です、こんにちわ!
あい写真学校は、通信で学ぶ写真の学校として開校しています。
というのもいまやデジタル時代、デジタル・ネットワークの時代です。
写真も、デジタルカメラを使って制作するのが主流です。
携帯電話を使った「写真メール」、俗に「写メ」ですね。
これもデジタル技術の進化の賜物です。

カメラにフィルムを装填して写真を撮る、これがもう過去となりつつあります。
通信制の写真学校を試行するのは、こういう時代背景があります。

ところで、あい写真学校は、芸術系の学校に位置します。
写真は、技術と、自分の考え方や感性のふたつで出来上がります。
芸術系の通信教育は難しい!といわれています。
これは、芸術が感性を重んじる領域に属するからです。
感性を見きわめるのは、対面教育の領域である、ですね。

でも、デジタルネットワークが、
新しいコミュニケーションツールとして登場してきて、
ヴァーチャル・リアリティの時代でもあるわけです。
目に見える実在しかなかった時代から、
仮想実在?(ヴァーチャルリアリティ)が人格形成を創りあげていく時代です。

ということは芸術教育の領域もヴァーチャル領域にリンクする。
なによりも写真が、デジタルになったことで、
通信で学ぶ学校が可能になった。
対面を通信に置き換えるだけでなくて、
新しい教育システムとして捉えていきたいと思っています。


2004.11.06
アートとは何?ですか。

いささか暴論ではありますが、タイトルの質問です。
アートとはなんですか?
ここでは状況論ではなくて、本質論に入りたいと考えているんです。
でも、なにが状況でなにが本質?というような区分も必要かもしれませんです。

また、デジタルネットワーク時代のブログHPにおいて、
こんなマジメくさった論なんて不要なんかもしれません。
表層現象だけ追っていって、おもろいな〜!で済ますのがいい時代かもね〜。
混沌状態ですね、国際政治の現場も、アートの現場も、ただ傍観するしかない。

ここは、あい写真学校のブログです。
写真のことを話題化していけばいいブログなんですけれど、
この写真を話題とするにあたって、写真って何?と問わずにはおれないんです。
とくに写真がデジタル化されていくなかで、デジタル化する社会の根底に写真がある。
このように暴論を告知しておきます。

で、このような暴論にいたるプロセスを、これから考えていきたいと思うのです。
当然、アート概念をどのように捉えるか、という命題をもっての論です。
50年代のポップアート概念以降、もう半世紀がたってしまいました。
商業ベースの中に取り込まれた芸術作品です。
やや、ここで芸術作品なんて古典言語を持ち出しましたが、
芸術作品とアート作品と、つまり芸術とアートと、同じなのか違うのか。

なんだか分けのわからないスパイラル状になっていますが、
混迷を引き受ける芸術、あるいはアートの現場をどうするのかなんです。
この作業をやっていかないと、写真の枠が定まらない。
そういう時代感覚なんです。

アートとは何?ということを、シリーズで掲載していきます。


2004.11.10
通信制あい写真学校です

こんにちわ!あい写真学校です。
あい写真学校は、通信で学ぶ写真の学校です。

デジタルネットワークの時代です。
写真を作る機材もデジタルカメラが主流になりました。
でも、写真で表現する、ってけっこうむつかしい!

写真を自分を表現するアートの分野のツールとして考えると、
いろんなジャンルの知識が必要になってきます。
特に、コンテンポラリー・アートの分野では、
写真をベースに、映像、メディアアートへの展開をしています。

コンピューターで表現物を作り出す、デジタル知識も必要です。
それと、何をどのように表現するのか、というテーマの問題があります。
この「何を」というところが、大事なんだけれど、なかなか掴みきれない。

この掴みきれないテーマを導き出すプロセスをカリキュラム化したのが、
通信制あい写真学校のメイン・カリキュラムです。
京都・下鴨には、通学制の写真ワークショップ京都も開校しました。
通信と通学で綜合的に学べる、綜合ゼミを2005年4月から開講します。

通信だけでも学べるし、通学だけでも学べます。
より本格的に、写真表現をしたい!というヒトには、綜合ゼミがお勧めです。
初心者の方には、技術サポートもあります。

通信制あい写真学校のご紹介でした。


2004.11.11
通学制「写真WS京都」です


写真セミナー風景 2004.10

今日は、通学制の写真学校/写真ワークショップ京都の話題です。
写真ワークショップ京都は、通信制あい写真学校の姉妹校です。
顔をつき合わせて、現場で写真を学ぶ学校です。
学校といっても小さいんです、少人数制、マンツーマンです。

教育の原点として、どんな形の学校が必要か、という問いかけから、
写真教育の現場として、先月10月に開校しました。
なによりも内容優先、参加者が自ら学ぶ姿勢をもって、
自分を豊かに磨くために参加する。

写真学校って表現の分野の学校です。
どっちかといえば、アートスクールです。
アートを自分のものにするための学校、といえるかも知れません。
このアートと云われているもの、これですね、アートって何?

参加者が、自分を見つめて作品を生み出していく、そのプロセスを大事にしたい。
このプロセス上で作り出されてくるものが作品となる。
アートとは、この取り組む姿勢と気持ちから生み出されるモノです。

写真の学校ですから、カメラを使って写真を作ります。
でも、そのこころは、写真に限定するものではありません。
写真は自分を知るための入り口です。
アートのこころを掴んでいく入り口です。

そんな入り口から、マンツーマンで学べるような学校。
経費が実費のみのみんなで創りあげる学校。
そんな参加型の写真学校です。

写真は、2004.10.24のセミナー風景です。
nakagawa shigeo


2004.11.12
フォト・ジャーナリスト

写真家の仕事のひとつに、フォト・ジャーナリストというのがある。
そのなかでも注視すべきは、フリーのフォト・ジャーナリストの仕事です。
ニュースネタを自ら捜し求めて、取材し、撮った写真を買ってもらう。

ニュースネタは、いろいろありますが、誰もが思いつくのが戦争現場。
かって1960年代には、ベトナム戦争が主たる現場としてありました。
いまなら、イラクでの戦闘現場、でしょうか。
で、現在、フリーのフォト・ジャーナリストが活躍するにしても、
事前に買い手と契約関係を結んでいかないといけません。
なにかと身分を証明するものが必要ですし、
それにPRESSの印が必要ですから、
なにもなしの全くフリーで、ニュースネタの場所に入ることは出来ないですね。

それからなによりも、自分の考え方を持つことが必要です。
フォト・ジャーナリストという職業は、ファッションじゃないんです。
世界情勢を分析する視点も要求されますし、
自分の立場を明確にしていくことも要求されます。

なぜ、ここでこのような話をするのか、といえば、
最近の若い人で、写真で仕事をしたい!
それも、フォト・ジャーナリストになりたい!
このような夢をもって、相談を受けることがままあるからです。

フォト・ジャーナリストという仕事がなくなるわけではないですから、
その仕事を選ぶということは、いいことだと思います。
でも、甘く考えちゃ〜いけないですね。
夢見るのはいいですが、そのためには得なければならない知識とか、
もちろん技術も必要ですが、もっと大事なのは、
「人間をどうとらえるか」という視点だと思うんです。

写真の仕事はいろいろありますが、
かっこよさだけを追いかけるのでは、イケマセンね〜。
現実の厳しさを、戦争の悲惨さを、どう表現し訴えるかなんですから・・・。


2004.11.29
写真ワークショップ京都の話題

写真についての覚書。

写真ワークショップ京都は、11月21日第2回目おセミナーを開きました。
写真は、その日に集まって話し合う光景です。
このセミナーは、京都・下鴨にあるオリジナルプリント扱うギャラリー。
ギャラリー・DOTを会場にしています。

デジタル時代に入っていて、写真を撮る機材もデジタルカメラが多くなってきました。
でも、写真を撮る、特にオリジナルプリントを意識する制作では、フィルムを使う。
この日の参加者からも、デジタルかフィルムか、という話題が出されました。

フィルムを優先的に考えているひとがまだまだ多いように思います。
写真を意識してつくる写真家は、物質主義に傾きがちですね
というのもフィルム時代が160年ですから仕方ないですが、
デジタルデータは将来的不安があるんです。

デジタルカメラやパソコンの精度は、まだまだ向上する。
そのうち今のデジタルデータが使えなくなるかもしれない。
こんな不安があるんですね。

8ミリ映画からビデオに変わって、デジタルビデオになった経緯とか、
音楽レコードがCDに変わってきた経緯とか、
そういう流れでいうと写真はデジタルカメラになります。
でもハードウエアがいつまであるかの保障がないですね。

それから大事なことは、何を撮るか、という問題ですね。
フィルムやデジタルのことは、外見のことです。
写真の中身そのもの、何を撮るか、です。
この「何を撮るか」ということを考えないと独自の表現にはならないですね。

写真をめぐる話では、外見と中身の話があります。
で、外見ばっかりが先行してしまうことが多いのですが、
やっぱり大事なことは、何を撮るか、です。
このような意見がだされたんですが、さて、何を撮るか。

写真ワークショップ京都のセミナーの存在意味は、この辺にありそうですね。

nakagawa shigeo














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